アート特集 ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 3
INTERVIEW
ベネチア・ビエンナーレ オーストラリア館理事
サイモン・モルダント氏
今回のオーストラリア館の再建は、理事を務めたサイモン・モルダント氏なしには実現し得ない構想であったといっても過言ではない。シドニーのMCAをはじめ、ニューヨークのMOMAやPS1でも理事を務める同氏は、これまで巨額な献金などを通してオーストラリアの美術シーンを支え続けている。今回改めて、新パビリオン建設にまつわる話や、彼の美術への思いをうかがった。
サイモン氏。カトリオーナ夫人とともに©Angus Mordant
――今回オーストラリア館の理事を務めるにあたって、具体的にどのようなことをされたのですか?
まず、オーストラリアを代表するアーティストと新館のデザインをする建築家を選出するための委員会を設立し、同時に同展のための資金繰りや支援活動をしました。歴史的な都市であるベニスにおいて、このオーストラリア館は21世紀初の建築物となったのですが、やはりこれはかなりの規模のプロジェクトとなりました。
――ベネチア・ビエンナーレから世界に向けて自国の現代美術を出展することは、オーストラリアにとってどのような意味合いがありますか?
本展は、世界的に見ても現代美術を出展するには理想的な環境です。今回、私たちの展示は、そのプレゼンテーションを観ても、その後の参加者の会話を聞いても、非常に大きな成功を収めることができたと感じています。歴史的文化を継承し続けるこの街で、比較的若い国である私たちが新しいアートを吹き込むことにも、意義を感じます。
また、それがこの新しく建てられたパビリオンで無事に行われたことを嬉しく思っています。このオーストラリア館は、現代的なデザインによって我々が非常に前向きで現代的な国家であることを雄弁に提示しています。こうして、国際的で伝統的なランドスケープにおいて、このような非常にユニークなスペースを生み出したことは、今後の将来においてもたくさんの可能性を秘めた出来事であると確信しています。
河辺のすぐそばで、水面にせり出すように構築された一角©John Gollings
――この新設パビリオンは、デントン・コーカー・マーシャル(※ジョン・デントン、ビル・コーカー、バリー・マーシャルの3名から成る建築デザインチーム)によるものでしたが、このデザインを最初はどのように受け止められましたか?
ハッとするような潔いシンプルさと、それでいてエレガントさも兼ね備えているところが秀逸だと思いましたね。そして何より、それがアートを展示するスペースとして、機能的に素晴らしく収められていたことに感動しました。委員会の審査でも、満場一致で彼らに決まったのですよ。
作品が栄えるよう工夫が凝らされた館内©John Gollings
――今回のフィオナ・ホールによる展示「Wrong Way Time」についてはどう感じられましたか?
彼女は、現代社会のあり方や、政治・経済・環境面での動きに対して素晴らしい大局観を持っています。作品やそのアプローチは多岐にわたり、メッセージ性が極めて強いと言えるでしょう。今回の展示においても、本人は「狂気」や「悪」、「悲しみ」といった言葉を用いて語ったりもしていますが、かといって作品が全くもってダークかというとそうではなく、いろいろな断片やメッセージを踏まえた上でそれらが共鳴していく作りになっていると思います。
――今年は総合キュレーターのオクウィ・エンヴェゾー氏からも7人ものオーストラリア人アーティストが選出され、このほかにもベネチア・ビエンナーレを機に行われている関連イベントでは60人以上のアーティストが豪州から参加しています。今、オーストラリアの現代美術界はこれまでにないほどに盛り上がりを見せていると言えそうですが、これについてはどうお考えですか?
これまでの歴史を見てもベネチア・ビエンナーレでオーストラリアの現代美術がこれほどに注目を集めたことはなく、これは非常に喜ぶべき傾向です。お陰で、我が国が素晴らしい作家やキュレーターを抱えていることを世界に知ってもらうことができました。
女優のケイト・ブランシェットと新パビリオンのデザインを手がけたジョン・デントン氏とともに©Angus Mordant
――サイモン氏は、ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート・オーストラリア(MCA)が2012年にリニューアル・オープンする際、5,300万ドルに上った総工費を集めるために陣頭指揮を執り、さらにはご自身も、カトリオーナ夫人とともに1,500万ドルの献金をなさいました。資金面の援助はもちろんのこと、ご自身の時間やスキルも使って、これほど熱心にオーストラリアの美術界を支持されてきた動機はどこにあるのでしょうか。
私と妻は常々、クリエイティブで活気のあるコミュニティーで暮らしたいと考えています。アートはそうした環境の中でも中心的存在。これを実現するには、やはりそれなりにしっかりとした基盤を整え、そのシーンを然るべきリーダーに引っ張っていってもらい、管理してもらう必要があると思うのです。これらが実現して機能すると、私も妻も、単純にとても幸せです。また、今暮らしているコミュニティーが、私たちが去るころには、最初に発見して住み始めたころより良い状態となっていてほしいという願いもあります。
――ベネチア・ビエンナーレでの新設パビリオンの総工費は750万ドルでした。このうち650万ドルは80件以上の個人出資によるもので、100万ドルはオーストラリア政府が出資するカウンシルによるものでした。このように、将来のオーストラリアの文化的側面を底上げしている官民のパートナーシップ・モデルをどう見られていますか?
このやり方はMCAの再開発の際にも採用されていますし、今後も機能していくと信じています。私たちは、政府へいろいろと申し立てをして政府内での需要を確定してもらう以前に、まずコミュニティーとしての自らの置かれた立場から支援の姿勢を見せることが大切だと思っています。
――日本館に展示された「掌の鍵」はご覧になりましたか。
千春(塩田千春)のことは以前から知っていて、彼女のコレクションで活動をともにしたこともあるんですよ。もちろん今回も日本館へ訪れて彼女と話をしました。今回の作品も非常に良かったと思います。
――サイモン氏はカトリオーナ夫人とともにオーストラリア・アートの素晴らしい収集家として広く知られていますが、作品を買う際はどのような点に気を付けていらっしゃいますか?
私たちのコレクションは世界中から集めたもので、単純に気に入ったと思う物だけを購入しています。そして、一度購入したら、決してほかの人へ販売することはしません。
――日豪プレスの読者がオーストラリアの美術シーンに貢献をしたいと考えた場合、まずどのようなことから始めることをお勧めされますか?
それが個人レベルでもビジネス・レベルでも、まずは地元の美術館と関わりを持つことから始めてみてください。そして、この国の素晴らしく才能にあふれたアーティストたちについて学び、もし気に入った作品があれば、できれば実際に購入してみることをお勧めします。その行為自体がまさしく美術シーンへの貢献となりますし、アートとの距離がぐっと近くなるでしょう。